サンディエゴ日本人教会 San Diego Japanese Christian Church
『自由を右手に、左手に責任を』大倉 信 牧師

『自由を右手に、左手に責任を』大倉 信 牧師

July 5, 2020
イスラエルの民は400年もの間、エジプトの奴隷となっており、まさしく彼らの心はエジプト化していました。それはそうでありましょう、彼らの祖父母、否、その先の先祖の代から彼らは奴隷の身分に甘んじていたのです。奴隷としての身分が彼らの骨身にしみわたっていたのです。
 
「奴隷根性」という言葉があります。その意味は「何でも人の言いなりになって頼りきり、自分自身の考えで行動しない」という意味です。そのようなものが彼らの魂にしみわたっているとするのなら、彼らは今一度、神と共に主体的に生きる生き方を確立しなければならなかったのです。
 
そのために神は彼らを荒野に導かれました。それは神から与えられた自由と共に、神の前に生きる彼ら本来の生き方を回復することを意味していました。
『利他の極み:十字架』大倉 信 師

『利他の極み:十字架』大倉 信 師

June 28, 2020

先日、NHKの「緊急対談:パンデミックが変える世界 〜海外の知性が語る展望〜」という番組を見ました。その番組ではアメリカの国際政治学者、イアン・ブレマー氏、イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏、そしてフランスの経済学者、思想家のジャック・アタリ氏がコロナ後の世界をどのように生きるべきかという見解を述べていました。

その中で特に印象的だったのが、ヨーロッパ最高の頭脳を持つと言われるジャック・アタリ氏のインタビューで、氏はパンデミックという深刻な危機に直面した今こそ「他者のために生きる」という人間の本来の姿に立ち返らねばならないと話していました。

このことこそが人類がこれから互いに生きながらえていく鍵であり、利他主義は合理的利己主義なのだとも言っていました。すなわち自分が感染の脅威にさらされないためには、他人の感染を確実に防ぐ必要があり、他国が感染していないことがイコール、自国の利益になるというのです。

アタリ氏がコロナ後の希望として語っていますこの利他主義ですが、実はこのことは神が天地万物を創造された時から自然界にインプットされている揺るぎないシステムなのです・・・。

『父親へのエール』大倉 信 師

『父親へのエール』大倉 信 師

June 21, 2020

22年前、アメリカに来て驚いたのはこちらの牧師達がいつも「家族、家族」と言っているということでした。私は牧師の子として日本で育ちましたが、牧師であった母にとりまして教会が第一であり、その後に家庭が続きました。住んでいる場所も教会ですから、私達の私生活も教会を中心に動きます。これゆえに時に牧師の子が多くの犠牲を払いました。

親達は全き献身者となるべく、家族を犠牲にして伝道牧会に没頭しました。残念なことですが、このことゆえに起きる問題というものを目の当たりにしたこともありました。私自身もその渦中にいたことがあります。

そんな所に生まれ育った者ですから「家族、家族」と言っているこちらの牧師達の姿には違和感を感じていました。「家族」がまさしく「水戸黄門の印籠」のようになっている、それを持ち出せば大抵のことは許されるこの国の土壌に、最初はとまどいを感じました。

しかしながら、興味深いことが日本で起きたのです・・・。

『要注意:かたくなな心』大倉 信 師

『要注意:かたくなな心』大倉 信 師

June 14, 2020
アメリカは今もコロナの問題のただ中のおります。ニュースはいくつかの州では感染者数が今も増えていると言います。このコロナはこれから書き残される私達の歴史の教科書に掲載されることでしょう。そして、私達はこのコロナ後の世界に生きる人間となります。その世界はコロナ前の世界とは違う、新しい世界だと多くの方達が語り始めています。
 
もし、世が新しい世界となるのなら、私達はキリストにあって新しい人を身に着けて、その新しい時代を生きようではありませんか。そう、新しい人になるために私達に不可欠なことは今日、私達のかたくなさが取り除かれることです。
 
私達はこれまで散々、神にかたくなに生きてきたのかもしれません。そんな私達は今、コロナという災いのただ中におり、自分の無力さというものをこれでもかというほどに示されているのです。主にある皆さん、この大きな機会を逃して、私達の人生に再びこのチャンスはめぐってくるでしょうか・・・。
『人生の主(あるじ)はあなたではない』大倉 信 師

『人生の主(あるじ)はあなたではない』大倉 信 師

June 7, 2020

もし、それまでに会ったこともない人が玄関先に立ち、「おーい大倉、ちょっと出てきてくれー」と手をたたきながら呼ばれ、500円を手渡され、開口一番、「息子が大学受かるようになんとか取り計らってくれよ」とか「病気にならないようにここは一つ、頼むよ」と言われ、言いたいことだけ言って、こちらのことは何も聞かずに「じゃー、あとはよろしく」と去っていくとしたら・・・。親しくもなく、話したこともない人に突然、こんなことを言われ、「なんなんだこの人は」と呆然と立ち尽くしていると数秒後、言い忘れたかのようにその人が戻ってきて、「あ、ごめん、言い忘れた、さっき言ったこと、してくれなければ、もうここには来ないから、よろしく!」と言って立ち去って行ったとしたら・・・。これを「御利益宗教」と呼びます。

『「疫病」と呼ばれた男』大倉 信 師

『「疫病」と呼ばれた男』大倉 信 師

May 31, 2020
この数か月、私達は毎日「感染」という言葉を聞きました。感染とは私達の体内にその体よりも小さい病原体が侵入、寄生し、増殖することを意味します。感染は一人の人から始まり、やがてその感染は他の人に伝わります。
 
それを「伝染」とよびます。そして、その伝染が社会全体に爆発的に広がっていく、それを「流行」と呼びます。英語では「パンデミック」と呼びます。まさしくコロナウイルスはこのようにして全世界に広がりました。
 
そのような中にあって、今も地球規模の脅威を世界に与え続けているこのウイルスの名前を持ち出して、誰かに向かって「よう、コロナ!」とか「あなたはコロナのような人だ」と言うことは決して許されません。もし、このようなことが起きますとそれは社会的に大きな問題となります。
 
しかし、聖書の中にかつてそのように呼ばれた男がいました・・・。
『決断によって導かれる人生』大倉 信 師

『決断によって導かれる人生』大倉 信 師

May 24, 2020

牧師の仕事柄、大切な相談を受けることがあります。それが誰であっても大切な相談を受けるということには責任を感じます。その任に誰が耐えられるだろうかと思います。このことにおいて自らは完全な者ではないということを認識していますが、できる最善をさせていただこうと祈り、願っています。

そのような日々を通りながら、私はある時からあることを心がけるようになりました。それは、その相談者が私の母親の年代の方なら、最初に「あなたを私の母と思って、祈り、考えて私の考えをお話しします」と申し上げます。

そうです、その人の悩みを他人ごとではなく思うためです。他人ごとなら、その人の機嫌を損ねないように、「すべきではないこと」、「続けるべきではないこと」を「いいんじゃないですか」と言ってしまう弱さが自分にあるからです。

『こんな者が何になりましょう』大倉 信 師

『こんな者が何になりましょう』大倉 信 師

May 17, 2020

誰しも得手不得手があるものです。それは嘆くことではなく、謙遜に受け止めるべきことです。私は音楽を聴くことは大好きなのですが、楽譜を読んだり、楽器を奏でることはからきっしだめなのです。

5、6歳の頃、母は私にエレクトーンを習わせました。ですから、今でもあの時に習った「ちょうちょ」だけは弾けます。問題は当時の私のヒーローは仮面ライダーであり、仮面ライダーのベルトを腰に巻いて野山で遊ぶことのほうが圧倒的にエレクトーンの鍵盤に向き合うよりも私には魅力的であり、私はエレクトーンに背を向けたのです・・・。

『弱いからこそ強い』大倉 信 師

『弱いからこそ強い』大倉 信 師

May 10, 2020

これまで私の人生に出会ってくださった方達、ごめんなさい。正直申し上げなければなりませんが、私はこれまで本当に強いという人に一度も出会ったことはありません。本当に強い人を思い起こそうと思っても、誰の顔も思い浮かばないのです。(言うまでもなく、その中に当然、私もおりません)。

私達は度々、「強くなります」とか「強い人になってください」と言いますが、はたして本当に強い人など、この世界にいるのでしょうか。

「わたしが弱い時にこそ、わたしは強い」と聖書は私達に語りかけます。人生、後半に向かうにあたり、日毎にこの言葉に心が惹かれていく自分がいます・・・。

『私達のピンチをチャンスに変える神』大倉 信 師

『私達のピンチをチャンスに変える神』大倉 信 師

May 3, 2020

今でも忘れることができません。とてつもない孤独に襲われ、島の空港の滑走路脇の誰もいないビーチに行き、鹿児島に向かって離陸するプロペラ機の腹を見上げた時のことを。その時に思いました、あれに乗れば鹿児島に行けて、そこから東京に行けるんだなーと。

しかし、目を転じれば、その島には二つの「充実した図書館」と「世界最高の海」がありました。そして、都会で失われた純朴で人情に溢れた人達がいました。

特にすることがないし、行く所もないので毎週、図書館に行きました。あの二年の間、私はひたすら本を読み、信徒の方達の畑を手伝い、おじいちゃん、おばあちゃんの話を聞き、海で釣り糸を垂れました。一人身でしたので一人で考える時間が、夜空を見上げる時間が十分にありました。