『愛には制約がある』大倉 信 師

February 17, 2019

世界的に有名な隈研吾という日本人建築家からとても興味深いことを教えられました。彼は日本のみならず世界数カ国で同時に仕事をしている世界的に有名な建築家です。東京オリンピックに向け、新国立競技場も彼によって設計され、現在、建築されています。この方の仕事の流儀というものがとても興味深いのです。

一つの土地に何かを建築する時に、当然そこには敷地面積、周りの環境、建築素材、予算などさまざまな制約があります。しかし、彼はその制約を「創造の源」としてとらえているというのです。その制約があるからこそ、そこに深い考えが生まれ、工夫が生まれるというのです。彼はそのインタビューの中で、「もし予算や敷地に制約がなかったらどうしますか?」と尋ねられ、「制約がなかったら制約を探しに行きます。まさに宝ですよ、制約は」と答えています。

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『神(God) と神々(gods)との違いとは?』大倉 信 師

February 10, 2019

紀元50年頃にパウロがギリシアのアテネで語った言葉です。

『この世界と、その中にある万物とを造った神は、天地の主であるのだから、手で造った宮などにはお住みにならない。また、何か不足でもしておるかのように、人の手によって仕えられる必要もない。神は、すべての人々に命と息と万物とを与え、26また、ひとりの人から、あらゆる民族を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに時代を区分し、国土の境界を定めて下さったのである。(使徒行伝17章24節‐26節)。

この時、パウロは何を見ながらこの言葉を語ったと思いますか?答えはメッセージの中で・・・。

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『神の前に静まる』大倉 信 師

February 3, 2019

皆さん、神様の存在を信じていますか。今、私達は礼拝を捧げているのですから、ここにいるほとんどの方は神様を信じていることでしょう。しかし「信じている」ということと「信じていることに基づいて生きている」というのは全く異なります。

私達はどれぐらい自分のことを知っているのでしょうか。もっと言いますと自分の限界をどれぐらい私達は知っているでしょうか。自分が依存しなければ生きられないということ、自分がどんなに間違いを起こしやすい存在であるかを私達は知っているでしょうか。

神はそんな私達の対極にあるのです。このお方に限界はなく、このお方は唯一無二、何かに依存しなければならない存在ではなく、完全に独立しているお方であり、このお方に過ちというものは一切、ありません。私達はこのお方を「信じている」と言っているのです。

それでは、なぜ、このお方のみ声をまず聴こうとしないのでしょうか。なぜ、このお方を第一としないのでしょう。このお方を第一にして生きることこそが、人たる者にとって最善の生き方であるのなら、なぜ私達はそうしないのでしょう。

この一時間を神様に捧げるよりもあのこと、このことをしておこう。神様は私達がその一時間で仕上げることを一秒でできることを知っていますか。私達が一時間かけて作り上げたものを一秒でなきものとすることができることを知っていますか。

それが対人関係に関することであるのなら、私達は自分が恐れている人にどうやって向き合おうかとあれやこれや、延々と思い巡します。しかし、その時にその人の全てを神様が掌握していることを知っていますか。それなら、なぜ、このお方が語られることを私達は聞かないのでしょう。

人生の秘訣はまず神を第一とすることです。自分が語る前に、神の御声をまず聴くことです。これに勝る秘訣はないのです。

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『仮の宿に暮らしている私達』大倉 信 師 “We Are Living in a Temporary House” Pastor Makoto Okura (bilingual)

January 27, 2019

寄留者とは「仮の場所に住んでいる人」ということです。私は先週、池袋の安宿の一室にいました。スーツケースを一つだけ持って、そこにやってきました。その宿に四泊して帰ってきました。ですから、それは明らかに旅であり、私はしばし東京という町に寄留したのです。

同じように聖書は一つ所に80年住んでいても、私達は旅人であり、私達は仮りの場所に住んでいるのだと言います。そうです、少しばかりそこに留まる日数は多く、荷物も多いのですが、この地上での人生も借り宿なのです。

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『権威のもとに生きる幸い』大倉 信 師

January 20, 2019

2006年3月11日、アトランタの裁判所で強姦罪で起訴され審理中だったブライアン・ニコラスという男が法廷で警官から銃を奪い裁判長ら3人を射殺して逃走した事件がありました。

彼は逃走したアトランタ北の住宅地で26歳のアシュリー・スミスさんに銃をつきつけて部屋に監禁しました。彼が数十分前にしたことを考えれば、人質となったスミスさんに何が起こるのか、私達の脳裏には最悪のことしか思い浮かびません。しかし、事は私達が想像するものとは全く違ったものとなりました・・・。

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『神のはたらかれる余地を確保する』大倉 信 師

January 13, 2019

怒りと復讐の心がある時に、私たちは完全にそれらの感情に支配されています。すなわち、私たちはそれらの苦い思いの奴隷となってしまうのです。朝から晩まで、その人のことを思うと、その顔を思い起こすと、脈拍は増え、心が騒ぎます。

 

ああ、悲しいかな、その相手は今頃、私達の気持ちなど露知らず、安らかに昼寝しているかもしれません。楽しく旅行をしているかもしれません。しかし、私達の気持ちは怒りに燃え、体はそのストレスにむしばまれ、時には心身を病んでしまうのです。そんな私たちの状態を自由と呼ぶことはできません。それはあたかも見えないロープで心身共にがんじがらめに縛られたような状態なのです。

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『これから10年に不可欠なこと』大倉 信 師 “What We Need in the Coming Decade” Pastor Makoto Okura (bilingual)

January 6, 2019

私達の仕事、労働に関して言えば、これから私達が直面することはAI (Artificial Intelligence)という人工知能を有するコンピューターがますます導入されます。そしてこのAIにより、今私達が従事している仕事の多くは10年後にはなくなると言われています。

英オックスフォード大学で人工知能の研究を行うマイケル・A・オズボーン准教授によると、今後10年から20年程度で、米国の総雇用者の約47パーセントの仕事がコンピューターによって自動化されると言われています。あのビル・ゲイツは言いました。「創造性を必要としない仕事はすべてテクノロジーによって代行される」。

最近はチェックを自分のアカウントに入金するために銀行にわざわざ行く必要がなくなりました。全てスマホでできるのです。そんなことでしばらく銀行に行っていなくて、先日、行ってみましたらブースの半分が取り除かれそこには二つの大きなATMが置かれていました(スーパーもそうでしょう)。

そのマシンによって、これまでテイラーがしていてくれたことが出来てしまうのです。キャッシュは全て機械の中なのですから、このことにより銀行強盗の防犯になるでしょうし、機械は文句は言いませんので雇用主にはメリットは多いことでしょう。しかし、親しくしていたテイラーはまだ雇用されているのだろうかと心配になりました・・・。

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『万事が益となる』大倉 信 師 “All Things Work for the Good” Pastor Makoto Okura (bilingual)

December 30, 2018

『神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている』(ローマ8章28節ー30節)。

この言葉は多くの方達の拠り所として、愛されてきた聖書の言葉です。しかし、同時にこの言葉は誤解されている言葉でもあります。その誤解はどこからくるかと言いますと、私達が考える「益」と神様が考える「益」の違いにあります。

多くの場合、私達は何の疑いもなく、「自分の願い」と「希望」を「自分の益」と考えています。しかし、それは必ずしも「神様が考える益」とは同じではありません。

このことゆえに「自分が考える益」が成就しないと分かると私達は「ほら、みろ、神などはいない。祈っても仕方がない」と考えます・・・。

冷静に考えてみましょう。自分の願いと希望が叶うということが、絶対に自分の益となるのだという考えは本当に正しいのでしょうか?神とは私達の願いと希望を叶える道具なのでしょうか?もし神が私達の道具であるのなら、もはや私達はその存在を神などと呼ぶことはできないのです。道具は私達の手の中に納まるものだからです・・・。

今日はローマ8章28節の言葉を自分の願いが叶わなかったモーセの生涯と照らし合わせて考えてみましょう。

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『飼葉桶と十字架』大倉 信 師 “The Manger and The Cross” Pastor Makoto Okura (bilingual)

December 23, 2018

今日、「クリスマス」と本来の呼び名をせずに「シーズンズ・グリーティング」と呼ぶ風潮がこの国に蔓延しています。その心はヘロデ王の心に結びついていきそうです。「イエス・キリスト、そんな存在が俺の人生に入ってきたら、俺は自由に生きられなくなるではないか」。とんでもない!そのことゆえに、私達は自由を失っているのです。

今日、人はフェイスブックで何人の友達がいて、その人達がどれだけ「いいね」を押してくれるのか、そんなことで自分がどれだけ価値あるのかと知ろうとしています。私達は既に知っているはずです。そんなはずはないだろうと!しかし、この私達の心はそのままピラトの心につながっていませんか。

ヘロデとピラトと同じ轍を踏まないために・・・。

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『歴史を貫いた計画』大倉 信 師

December 16, 2018

「そして、言葉は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた」(ヨハネ1章14節)。

ここには「言葉は肉体となり、わたしたちのうちに宿った」と書かれています。少し説明がいるかと思いますが、この「言葉」とは「イエス・キリスト」のことをあらわし、そのイエスが人となり、私達の住む地に宿ったということです。そして、私達はこの出来事をクリスマスと呼んでいます。

このヨハネによる福音書に書かれている「宿った」という言葉を聖書のもともとの原語であるギリシア語から紐解きますと、その意味は「幕屋を張られた」ということになります。このことを踏まえて言いますならば「神と共におられた言葉、すなわち神と共におられたイエス・キリストは私達の世界に幕屋を張られた」ということになります。そして、それは神の一人子イエス・キリストが本腰を入れて、私達と同じように、この世界で起きること身に負われるという覚悟のあらわれでした。

それにしても「幕屋」と言われても私達はピントときません。しかしこの「幕屋を張られた」という言葉をヨハネがあえて使ったということには、とても深い意味があり、その背後には長い聖書の歴史がありました。

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