Episodes

Sunday Jun 14, 2020
『要注意:かたくなな心』大倉 信 師
Sunday Jun 14, 2020
Sunday Jun 14, 2020

Sunday Jun 07, 2020
『人生の主(あるじ)はあなたではない』大倉 信 師
Sunday Jun 07, 2020
Sunday Jun 07, 2020
もし、それまでに会ったこともない人が玄関先に立ち、「おーい大倉、ちょっと出てきてくれー」と手をたたきながら呼ばれ、500円を手渡され、開口一番、「息子が大学受かるようになんとか取り計らってくれよ」とか「病気にならないようにここは一つ、頼むよ」と言われ、言いたいことだけ言って、こちらのことは何も聞かずに「じゃー、あとはよろしく」と去っていくとしたら・・・。親しくもなく、話したこともない人に突然、こんなことを言われ、「なんなんだこの人は」と呆然と立ち尽くしていると数秒後、言い忘れたかのようにその人が戻ってきて、「あ、ごめん、言い忘れた、さっき言ったこと、してくれなければ、もうここには来ないから、よろしく!」と言って立ち去って行ったとしたら・・・。これを「御利益宗教」と呼びます。

Sunday May 31, 2020
『「疫病」と呼ばれた男』大倉 信 師
Sunday May 31, 2020
Sunday May 31, 2020

Sunday May 24, 2020
『決断によって導かれる人生』大倉 信 師
Sunday May 24, 2020
Sunday May 24, 2020
牧師の仕事柄、大切な相談を受けることがあります。それが誰であっても大切な相談を受けるということには責任を感じます。その任に誰が耐えられるだろうかと思います。このことにおいて自らは完全な者ではないということを認識していますが、できる最善をさせていただこうと祈り、願っています。
そのような日々を通りながら、私はある時からあることを心がけるようになりました。それは、その相談者が私の母親の年代の方なら、最初に「あなたを私の母と思って、祈り、考えて私の考えをお話しします」と申し上げます。
そうです、その人の悩みを他人ごとではなく思うためです。他人ごとなら、その人の機嫌を損ねないように、「すべきではないこと」、「続けるべきではないこと」を「いいんじゃないですか」と言ってしまう弱さが自分にあるからです。

Sunday May 17, 2020
『こんな者が何になりましょう』大倉 信 師
Sunday May 17, 2020
Sunday May 17, 2020
誰しも得手不得手があるものです。それは嘆くことではなく、謙遜に受け止めるべきことです。私は音楽を聴くことは大好きなのですが、楽譜を読んだり、楽器を奏でることはからきっしだめなのです。
5、6歳の頃、母は私にエレクトーンを習わせました。ですから、今でもあの時に習った「ちょうちょ」だけは弾けます。問題は当時の私のヒーローは仮面ライダーであり、仮面ライダーのベルトを腰に巻いて野山で遊ぶことのほうが圧倒的にエレクトーンの鍵盤に向き合うよりも私には魅力的であり、私はエレクトーンに背を向けたのです・・・。

Sunday May 10, 2020
『弱いからこそ強い』大倉 信 師
Sunday May 10, 2020
Sunday May 10, 2020
これまで私の人生に出会ってくださった方達、ごめんなさい。正直申し上げなければなりませんが、私はこれまで本当に強いという人に一度も出会ったことはありません。本当に強い人を思い起こそうと思っても、誰の顔も思い浮かばないのです。(言うまでもなく、その中に当然、私もおりません)。
私達は度々、「強くなります」とか「強い人になってください」と言いますが、はたして本当に強い人など、この世界にいるのでしょうか。
「わたしが弱い時にこそ、わたしは強い」と聖書は私達に語りかけます。人生、後半に向かうにあたり、日毎にこの言葉に心が惹かれていく自分がいます・・・。

Sunday May 03, 2020
『私達のピンチをチャンスに変える神』大倉 信 師
Sunday May 03, 2020
Sunday May 03, 2020
今でも忘れることができません。とてつもない孤独に襲われ、島の空港の滑走路脇の誰もいないビーチに行き、鹿児島に向かって離陸するプロペラ機の腹を見上げた時のことを。その時に思いました、あれに乗れば鹿児島に行けて、そこから東京に行けるんだなーと。
しかし、目を転じれば、その島には二つの「充実した図書館」と「世界最高の海」がありました。そして、都会で失われた純朴で人情に溢れた人達がいました。
特にすることがないし、行く所もないので毎週、図書館に行きました。あの二年の間、私はひたすら本を読み、信徒の方達の畑を手伝い、おじいちゃん、おばあちゃんの話を聞き、海で釣り糸を垂れました。一人身でしたので一人で考える時間が、夜空を見上げる時間が十分にありました。

Sunday Apr 26, 2020
『「神の時」に応える勇気』大倉 信 師
Sunday Apr 26, 2020
Sunday Apr 26, 2020
かつてイエス・キリストは言いました。「あなたがたはこの世にあっては悩みがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハネ16章33節)。
私は最近、ずっとこのイエスの言葉を思いめぐらしています。この世には悩みがある。イエスはそれを知っている。そう、我々には病があり、老いがあり、死がある。そして、疫病がある。そもそも、生きていくこと、そのものが、既に試練であり、悩みの連続でしょう。
しかし、それに対して神の子イエスは「わたしを信じなさい」とか「わたしに従いなさい」とは言わなかったのです。
イエスは言われた「勇気を出しなさい」。私はあなたの心に、私の時に一歩前に出る勇気を予めあなたの心の中に備えているのだ、だから、その時が来たのなら、あなたは勇気を出しなさい。恐れるな、勇気を出して、私の前に出なさい。私に近づきなさいと主は言われるのです。

Sunday Apr 19, 2020
"Hope Regained Through God’s Comfort" Pastor Ichibei Honda
Sunday Apr 19, 2020
Sunday Apr 19, 2020
This morning, I want to talk to our sense of loss and mourning by turning to
a passage of Scripture that I believe will speak truth and breathe life into our
hearts. It is a story of two travelers couple who were dealing with a great
sense of loss in their own lives.

Sunday Apr 19, 2020
『これからの拠り所』大倉 信 師
Sunday Apr 19, 2020
Sunday Apr 19, 2020
私達は第二次世界大戦後に「戦前」と「戦後」という言い方を使い始めましたが、これからコロナが過ぎ去った後に、きっと私達は今の時を思い起こしながら「コロナ前」と「コロナ後」という言葉を使うことになるでしょう。
そのような意味で私達はこれから「コロナ後」という未踏の新しい世界に向かうべく、これまでのものを一度、リセットする必要があるのではないかと思います。
このコロナを通して、もし私達が「人間にとって本当に大切なものは何なのか」ということを考え始めているのであるならば、この経験は私達のコロナ後の人生にとりまして大きな収穫となることを信じます。そして、その答えが聖書には古の昔から記されています・・・。