サンディエゴ日本人教会 San Diego Japanese Christian Church
『不正の世に生きる処方箋』大倉 信 師

『不正の世に生きる処方箋』大倉 信 師

January 30, 2022

『地の上に空な事が行われている。すなわち、義人であって、悪人に臨むべき事が、その身に臨む者がある。また、悪人であって、義人に臨むべき事が、その身に臨む者がある。わたしは言った、これもまた空であると』(伝道の書8章14節)。

私達にとって働きが正等に評価されて報われるということはとても嬉しいことです。コツコツと日々まじめに生き、正直に生きている人には正当な報いがある世界を私達は望みます。反対に人の目を盗んでは手をぬき、なすべきことをせず、悪事によって不正をしている者が報われ、そこに相応しい処罰がない世界を私達は受け入れることができません。私達の世界において、正直に生きている者達はいつも健やかであり、全てが円満で、経済も安定しているというのなら、私たちは納得します。そのことにより、それなら自分も正直に生きようと思うのです。しかし、そういうことばかりではないということを私達は知っています。なんであんなに正直で優しい人がこんな目に遭うのだろうか、こんなことになるのだろうかということを私たちは見聞きすることがあるのです。反対に悪事をしている人が罰を受けないどころか、さらに栄えているというようなことがあるのです・・・。

 

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『主を畏れる者に約束されていること』大倉 信 牧師

『主を畏れる者に約束されていること』大倉 信 牧師

January 23, 2022

*録音の不具合により一部聞きづらくなっています、ご了承ください。

『主の使は主をおそれる者のまわりに陣をしいて彼らを助けられる。主の恵みふかきことを味わい知れ、 主に寄り頼む人はさいわいである』(詩篇34篇7節-8節)
                       
数週間前、私は庭に生えている木から落ちた葉を手で拾い集め、バケツに入れていました。地にひざまずき一心に葉を拾っている私の後ろ姿を見て、妻は笑ったそうです。なぜなら私の背後では、私が拾い集める以上の葉がヒラヒラと落ちていたからです。そのことを後で聞いて教えられました。私達が日々していることはすべからず、そのようなことなのではないかと。自らを守るとか、家族を守ると考えてみても、それには限界がある。いいえ、それは節穴だらけ。そもそも聖書は自分やその家族、その生活は自分で全て守れとは言っていません。聖書が言う、私達が守るべきことは一つ、私達の心なのです。

『油断することなく、あなたの心を守れ、命の泉はこれから流れ出るからである』(箴言4章23節)

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『 ブレーキの効かない車を運転しますか?』大倉 信 牧師

『 ブレーキの効かない車を運転しますか?』大倉 信 牧師

January 16, 2022

『主をおそれることは知識のはじめである』(箴言1章7節)。 

誰かが皆さんに車をくれたとしましょう。あなたの手にその車の鍵が手渡されます。その時に「この車はブレーキは効きませんので気をつけて」と言われたら、皆さんはその車を運転しますか。誰がそんな車に乗りますか。もし私達が「神を畏れる」ことを知らないのなら、どんなに多くの知識を得たとしても、それはいつ暴走するか分からない、ブレーキの効かない車に乗っているようなものです。ブレーキの効かない車に乗ろうとは思わない私達。それなら私達の人生はいかがでしょうか。何が私達の人生に歯止めをかけていますか。私達の周りにはこのことに臨んで惨敗した知性と自制心がいたるところに転がっているように思えるのです。

 

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『「知りません」と言える喜び 』大倉 信 牧師

『「知りません」と言える喜び 』大倉 信 牧師

January 9, 2022
長男がまだ小さい頃、自分の体にあらわれた小さなホクロを指して「これは神様がつけてくれたんだね」と言ったことがあります。この幼子の一言は、大人達が束になってかかってもかなわない深さがあります。同じホクロでもそれが大人だと「いやだわ、こんなところに!」と思うのです。さらには「どうしたらこれ取れるかしら」と考えるのです。私達、大人は「ホクロ」を「神様」に結びつける心を失っています。「いやだわーホクロ、とっちゃおうかしら」と嘆くのと、「これは神様がつけてくれたんだね」と驚嘆するのでは後者のほうが、主の前に私達があるべき姿ではないかと思います。大人になるということは、責任を負うことであり、厳しい世界に生きるということです。この世界で私達「大人」は自分の力で立つということが求められ、私達もそれを目指し、それを維持することに力を注ぎます。しかし、それと引き換えに「ホクロ」から「神様」を思うことができる心を失ってしまったようです・・・。
 
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『後世にバトンを引き継ぐ者として』大倉 信 牧師

『後世にバトンを引き継ぐ者として』大倉 信 牧師

January 2, 2022

釣りが好きで、好きでたまらない人は、人間でありながら、水の中にいる魚の気持ちを考えます。
魚達はどんなところを棲み処にしているかのだろうか。そこには水草が生えているのか、岩がごろごろしているのか。彼らの前にどんな餌がきたら、彼らはその餌を口にするのか。サンディエゴ湾の桟橋でする釣りと、マンモスレイクでする釣りとでは明らかにその方法が違います。イエス・キリストはガリラヤの人達に語りかける言葉と、エルサレムで語りかける言葉を区別されました。四福音書の著者たちはある人達を想定して、彼らの心にその言葉が届くように、それぞれの書を書き記したのです。
私達は神について、キリストについて一生懸命に学びます。しかし、いざそのことを世界に伝える時に、その土地とそこに住む人達の心についてどれだけ思いを寄せ、彼らを知ろうと努めているでしょうか・・・。

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