『託された時間と賜物』大倉 信 師

November 25, 2018

『 天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある』(伝道の書3章1節)

私達がめぐってくる季節に対していだく思いと願いは、冬に関して言えば「雪が積もって嫌だ」とか「いや、この寒さが気持ちいい」とか、夏に関して言えば「汗だくになるのが嫌だ」とか「いや、この暑さがたまらない」という程度です。

しかし、季節には私達が「いいとか、いやだ」とかいう以上の意味があります。もし、いやだからといって冬や夏が季節から外されたり、その順番を入れ違えたら、この世界はどうなりますか。おそらくこの世界のあちこちで私達が想像もしていなかったような自然災害が起きて私達、人類の存続すら危ぶまれるでしょう。

季節の関わり合いと、その意味の全体は私達には知りえないものです。しかし、確かにそこには順序があり、全体の調和があり、それぞれの四季でなされる自然界の現象の一つ一つには意味があるのです。

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『わが魂よ、主をほめたたえよ!』大倉 信 師

November 18, 2018

世界にあって、日本では見ることができない建造物があります。それは「城壁」です。あえて言えば日本の城には城壁がありますが、その城壁はその地域の藩主がいる城を囲ったもので、町全体が城壁で囲まれているというような場所は日本にはありません。しかし、世界に目を向けますと、このような場所がたくさんあります。万里の長城というのはその最たるものでしょう。

このことが何を意味するのか、言うまでもありません。これらの城壁は外部からの浸入者を防ぐために造られたのです。そうです、世界の多くの国々は互いに地境によって区分された国々であり、日本という国は海に囲まれた島国なのです。地境であるということは、その境をまたいで他国人が自分達の領土に入ってくる可能性があるということで、それが友好的な隣人であるならまだしも、奪略とから殺戮というような理由で彼らが浸入してきたというのが多くの国の歴史なのです。

幸いなことに日本の近海は時に荒波にもまれ、そのような他国人の侵略をほとんど受けませんでした。幕末に欧米の列強が日本を侵略するのではないかという恐れが蔓延しましたが、それも幸いなことに起こりませんでした。それに対して地続きで他国や他民族とつながっている国地域では有無を言わずに襲われたり、最悪の場合はその住民全てを虐殺、あるいは女性、子供達、財産を根こそぎ略奪されるというようなことが度々あり、それ故に彼らが城壁を造るということは必然だったのです。

そして、その「城壁ありき」という状況こそが私達が向き合っている聖書の世界なのです。

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『目から鱗を取り除きましょう』大倉 信 師

November 11, 2018

現在、この国では互いの違いというものに人々の思いが向かっています。そして、その違いが憎悪となったり、排斥となったりしています。確かに私達は皆、異なります。しかし「我々は神の前に互いに罪人である」ということにおいては同じ所に立つことができるのです。

すなわち、私達は誤り多き者であり、自分の我欲に突き動かされる者であり、失敗を犯すものであり、独りよがりであるということ、このことゆえに私達は同じなのだということに私達の思いが行く時に、初めて、私達の間に理解と共感というものが生まれてくるのです。そして、この人に対する視点をイエス様は私達にも望まれているのです。

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『神の御業を見た人達』大倉 信 師

November 4, 2018

私は明らかに「このことをこの方は心から願っているんだろうな」と思われることに対して「これは神様のみ心だと思いますから従います」というような報告を聞くことが度々、あります。しかし「このことは私の願っていることではないのですが、神様のみ心はそちらにあるようなのです。だから、従います」という言葉は、ほとんど聞くことがないのです・・・。

・・・このことは自分の願いがあまりにも強いと、神の御心を聞き逃してしまい、神の御心をも自分の決断を後押しするものとして利用してしまうことを私達はしてしまうということを示しています。

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