『最後に残るもの』大倉 信 師

October 28, 2018

私は27年前、インドのカルカッタにあるサルベーションアーミーにしばらく宿泊していたことがあります。大部屋に30ぐらいのバンクベッドがあって、私のベッドの横はブリキのトタンを挟んだストリートで、外の喧騒がいつも伝わってきました。まさしく安宿とはこのような宿のことを言うのであって、当時、一泊70セントぐらいだったかと思います。

自分が寝ている横を人が行き来しているのですから、常に人の気配を感じます。そして、朝になると必ず起こされるかけ声がありました。「チャーイ!、チャーイ!」とおじさんがミルクティーを大声で売っているのです。

そんな声に起こされて、ストリートに出ますと、あちこちで湯気がたち、そのチャイが売られています。その時に小さな素焼きのカップに並々と一杯3セントほどのチャイを注いでくれます。濃厚なミルクティーの味は、どんな高級なカフェで飲むものよりもおいしく感じました・・・。

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『プロセスを大切にされる神』大倉 信 師

October 21, 2018

若い夫婦の口から出る言葉を一日録音してみれば、おそらく明らかになることがあります。彼らは一日に何度、子供に向かい「早くしなさい」と言っているかということです。朝食の時、「早く食べなさい」、玄関口で、「早く靴をはきなさい」。学校まで車で送っていけば、「早く、降りなさい」と言い残し、迎えに行けば「早く乗りなさい」。家に帰ればすかさず「早く宿題をしなさい」、シャワーから出れば「早く頭を乾かしなさい」。そして、極めつけは一日の最後の言葉です。「早く寝なさい」。そう、私達は「早く起きなさい」で一日をはじめ、「早く寝なさい」で一日を終えるのです。よくよく考えたら、このことはすごいことだと思いませんか。あたかも人生があと三週間しか残されていないので、時間を無駄にするなと言っているかのようです。これでは家庭も学校も職場もストップウォッチをもった記録員と共にいる陸上競技場にいるようなものです。昔、「狭い日本、そんなに急いでどこに行く」という看板をよく日本で見かけましたが、まことにそのとおり、私達はそんなに早く、どこに向かっているのでしょうか。何をそんなに急いでいるのでしょうか・・・。

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『誘惑から守られるために』大倉 信 師

October 14, 2018

その生涯、多くの働きをなして社会に貢献し、家庭を支え、歩んできた方が、その人生最後のステージ、すなわち、そのゴールまであともう少しというところで、誘惑にあい、それに陥り、それまで自分が築きあげたものを全て失ってしまうというようなことを時々、私達は見聞きします。何もそれは人生の晩年に限ったことではなくて、今日のアメリカではその誘惑は既にエレメンタリーに行く子供の中にもあります。高校生ともなれば、その誘惑は大人が受ける誘惑とほぼ同じ、いや彼らが直面しているものは大人以上であると言っても過言ではありません。もし、私達がその全容を知ったら目まいがして倒れてしまうかもしれません。

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『喜んで弱さを誇ろう』大倉 信 師

October 7, 2018

スポーツジムに行きますと多くの方達が鏡の前で重いものを持ち上げています。人は自ら苦労して重いものを運ばなくていいようにトラックやエレベーターを発明しましたが、おもしろいことに、ジムにいる人達はこめかみの血管が切れるような真っ赤な顔をしながら、何度も何度も重いものを持ち上げたり、降ろしたりしています。

私達が日常の生活の中で持ち上げなければならない物というのは限られていますので、明らかに彼らの筋肉は日常生活には必要のないものに思われます。でも彼らはせっせと体を大きくします。そうです、「筋肉」とは「力」と「強さ」の象徴と思われるているからです(ちなみにジムでこのようなトレーニングをしている9割の人は男達です。昔から今も、男はどこかで強さと力を求めているようです)。

さて今朝、私達が考えたいことは、人間とはそもそもそんなに強い者なのかということです。10年がんばって身に着けた筋肉も一本の鉄パイプに勝つことはできませんでしょう。人前で国家天下を語り、大言壮語(たいげんそうご)しておりながら、車のパーキングチケットを切られただけで落ち込んだり、自分で固く決意したことも三日ともたないことがよくあるのです。実に人の弱さをあげるのなら、それはきりがありません。

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