『こうして神は私達を用いる』大倉 信 師

July 29, 2018

母の恩師で米田豊という先生がいました。この先生は東京聖書学院の教授として重責を担われ、東京新宿にある西落合教会という教会の牧師として生涯を歩みました。米田先生の生涯は苦難に満ちていました。先生には8人も子供がいましたが、その内の6人を亡くすという生涯で、昭和のヨブと人は先生を呼びました。

ある時、ある牧師の子供がまだ、幼児なのに亡くなりました。周りのいかなる人の慰めも力がありませんでした。

しかし、この米田先生が一言も言葉を言わず、ただ先生の肩に手を置いたそうです。それだけでその先生は大きな慰めと励ましを受けたというのです。

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『誘惑との戦い』大川 道雄 師

July 22, 2018

今日は大川道雄師がメッセージ『誘惑との戦い』を取り次いでくださいました。

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『タラントは埋めておかない』大倉 信 師

July 15, 2018

    目に見える成果が何も感じられない時。何の実りもないように思える時。確かに目の前に成果という実を見ることができないかもしれません。しかし、そんな日は目には見えませんが、やがて実が実る日がくることを信じて、目には見えませんが、地中深く根をはる時として信仰をもって受け止める。その時はまだ実りの収穫の時ではないと理解し、さらなる実りを得るために今は地中深く根をはる時なのだということを神様の視点は私達に教えてくれるのです。
    同時に常にではありませんが、物事がうまくいくというような時も私達は経験することがあります。その時は私達にとりまして心地よく、そのままその時が続いてほしいと願いますが、それもつかの間、打ち寄せる波のようにすぐにまた色々な現実に向き合います。
    「晴れている時こそ、屋根を修理すべきだ」という言葉を聞いたことがあります。晴れているから、その晴れ間を十分に楽しんだらいいでしょう。しかし、晴れているからこそ、その間に、必ずめぐってくる雨にも備える。晴れている時を賢く用い、雨が降る時にも備えるのです。

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『神の視点』大倉 信 師

July 8, 2018

スイスの哲学者、アンリ・フレデリック・アミエル(Henri Frédéric Amiel )は言いました「精神生活のない人間は環境の奴隷だ」"The man who has no inner-life is a slave to his surroundings."。なるほどど思います。私なりにこの「精神生活」を「神を心に留める生活」として、こう言い変えてみました「神の視点をもたない人間は環境の奴隷だ」。

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『神の栄光のために』大倉 信 師

July 1, 2018

今日、多くの若者が世界を放浪しています。かつては私もその一人でした。今から28年前、私はインドのプリ―という小さな漁村にいました。ツアー客が立ち寄るような場所ではない、それこそ一泊1ドルほどの宿にステイしていました。そこに数日いた時、なんと同じ宿に日本人のおじさんも宿泊していることを知ったのです。見たからに日本人なので話しかけますと、誰でも知っているような大きな企業を10日前に辞めて、一人で旅に出ているという働きざかりの50前後の方でした。深い話しはしませんでしたが、仕事を辞めて、こんな誰も来ないような所に仕事をやめて来ているその方と話しながら、色々と考えるところがあるんだろうなーとその時、思ったことを今でも覚えています。

そして、今、おじさんと近い年となり思うのです。きっとあの方は学校を出て、就職して、ふと、これからの人生について深く考えてしまったのではないかと。すなわち「この俺の人生は何のためにあるのだ」というような心からわきあがってくる問いかけに真正面から向き合ってしまったのではないかと思うのです。このようなことに考えがおよんでも、そのことを深く考えずに、素通りしてしまえば、その場を立ち去ることができたと思うのですが、彼はその内なる問いをごまかすことができずに、旅に出たのではないかと今、想像しています。

回りの者達は50にもなって、そんなことをするのは愚かだと忠告してくれたかもしれませんが、このおじさんは誰もがその人生で一度や二度は考え、しかしながら見て見ぬふりをしていることを、実際に探求すべく、リスクを承知で、旅に出たのです。このような思いは若い頃のみならず、齢を重ねていくにあたり、いいえ、その人生の晩年になっても私達の心のどこかに引っかかっていることではないでしょうか。

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