『私達が人生の主(あるじ)なのではない』大倉 信 師

January 28, 2018

鶏は自分が世界の中心だと思って生きています。猫だってそうだと思います。よく、猫がゴロゴロいいながら、気持ちよさそうに人間の足に体をこすりつけてくることがあります。私はそんな猫に会いますと、こんなに自分にすり寄ってきて、何と甘ったれで、かわいいんだろうとかつて思っていました。

しかし、以前、見ていた動物番組であの猫の行動は自分のテリトリーに自分の体臭を刷り込んでいる動作であって、私達は何と甘えん坊でかわいいんだとろうなんて思っている時に、猫の方では、これで俺様のテリトリーが一つ増えたなんて思っているというのです。すなわち、その時、私達は木や電柱となんら変らないのです。このギャップは大きいです。この猫にとって世界の中心は自分自身なのです。

そして、それは私達もそうなのです。私達はとことん自分中心な存在であり、大抵、自分は正しいと思い、物事を自分をまん中において眺める傾向があります。

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『イスラエルが証明すること』大倉 信 師

January 21, 2018

20世紀最大の歴史家トインビーは「ユダヤ人が存在していること自体が奇跡である」と言い、歴史哲学者ヘーゲルは「歴史は絶対的な理性によって導かれている」と言いました。

かつてイスラエルの外交官が「どうしたら神の存在を証明できるか」と問われたのに対して「我々、イスラエルの歴史を見れば、神の存在は証明できる」と言ったといいますが、まさしくその通りであることをイスラエルの歴史は私達に語っています。彼らの歴史を見て分かることは、それが偶然の産物なのではなく、確かに彼らの背後には絶対的な理性が存在しているということなのです。

「神なんかいない、そんなの人間が生み出した作り話だ」と思われる方は大勢います。しかし、学校で学んだ歴史年表を見てください。今日の朝刊を見てください。ただ見るだけではない、新聞の上にバイブルを、タイム誌の上にバイブルを置いて読んでみてください。そこにはこれまでの世界に、そして今も働かれている神の刻印がいたるところに刻まれているのです。

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『私達が目指すべきところ』大倉 信 師

January 14, 2018

「野球選手になる」とか「この役職を得る」という私達の心からの願いと夢がかなわないと分かった時、私達は「神は万事を益としてくださるお方」だとは思いません。しかし、神が私達を導かれようとしているところは私達が「野球選手」になることでも「役職を得る」ことでもないのです。神は私達がこれらの目的に私達を導こうとされているのではなくて、神は別の目的をもっておられ、その目的に私達が到達するために万事を益としようとしているのです。

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『キリストにあって共に育つ』本多 一米 師 (Bilingual Message “Growing Together In Christ” Rev. Ichibei Honda)

January 7, 2018

今日は英語部の本多一米牧師が「キリストにあって共に育つ」というタイトルでメッセージを取り次いでくださいました。

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