サンディエゴ日本人教会
『こうして教会は(5): 命の言葉を堅く持って』大倉 信 師

『こうして教会は(5): 命の言葉を堅く持って』大倉 信 師

July 14, 2019

フランスの哲学者ヴィクトル・シェルブリエ(Victor Cherbuliez)によれば、紀元前1500年から紀元1860年までの3360年間に署名された平和条約は世界で約8000件もあったといいます。しかし、どれも平均2年しか続かなかったといいます。その条約が結ばれた時、彼らは恒久的な平和を願い、努力を誓い合いました。しかし、それらは2年で破棄されてしまったのです。

私達の言葉はたとえそれが誓約であっても、それは時と共に移り変わるものなのです。覆されるものなのです。

しかし、聖書の神の言葉、命の言葉は変わらず、私たちを真に生かします。このことに対してマタイは大胆なイエス様の言葉を記録しています「天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることはない」(マタイ24章35節)

昨日は正しいとされていた事柄が、今日は正しくないものとされる今日、いのちの言葉は決して代わることがない。たとえこの世界は滅びてしまっても、いのちの事は決して滅びないとイエス様は言われるのです。

メッセージ中引用された動画:

刑務所でこっそり読んだ聖書 | Hope For Living
https://youtu.be/4sb7kYiZPls

震災後に奇跡を通して変わった人生 | Hope For Living
https://youtu.be/JgSyB0bK3yo

『こうして教会は(4):通じ合う言葉と心』大倉 信 師 (Bilingual Message)

『こうして教会は(4):通じ合う言葉と心』大倉 信 師 (Bilingual Message)

July 7, 2019

10年ほど前にカリフォルニア・ピザ・キッチンに家族で食事に行きました。トッピングをオーダーしました。オリーブが好きな私達は「Black Olive」をオーダーしました。しかし、出てきたピザにオリーブの姿はなく、その代わりに「Broccoli」がのっかっていました。

二度、そのレストランに行き、二度、同じことが起こりました。日本人にとりましてRとLの発音はチャレンジです。私達は「Riceをください」と言いながら、「Liceをください」と受け止められているとしたら恐ろしくなります・・・。

『こうして教会は(3):聖霊と共に歩む価値』大倉 信 師

『こうして教会は(3):聖霊と共に歩む価値』大倉 信 師

June 30, 2019

ある哲学者は言いました。「人間とは単独者だ。たった一人だ」確かにそうかもしれません。人間とは人の間と書きますが、実際は一人であると言えましょう。人である限り、私達は孤独を知る者です。人からの理解や励ましや慰めを得られないということも多々、ありますでしょう。しかし、そんな私達を聖霊は今も助け、力づけて下さるのです。聖霊はいつも私達と共におり、私達を励ましてくれるお方なのです。

『こうして教会は(2) : 今、私達に何よりも必要なこと』大倉 信 師

『こうして教会は(2) : 今、私達に何よりも必要なこと』大倉 信 師

June 23, 2019

20年前、私達夫婦に最初の子供が生まれる前に、私は日本の母に電話をして「出産」に関する本を送ってもらいました。一週間後に数冊の本を受け取って、事前の知識を得ました。そう、それは出産に対する本、数冊分の情報です。しかし、今はどうでしょうか。日本からこのような出産本を送ってもらう人はもはやいないのではないでしょうか。なぜ?インターネットがあるからです。

「出産」という言葉をグーグルで検索しましたら6億4700万件の関連記事が一秒で出てきました。「結婚」という言葉を検索しましたら16億6000万件、「子育て」に関しては2億5700万件、「うつ病」に関しては5980万件でてきました。これは日本語での検索です。他の言語を加えましたら膨大な数となることでしょう。

私達はこの中から何を選べばいいのでしょうか。この中には「怪しいもの」も多く含まれることでしょう。「本物」はどこにあるのでしょうか。

『こうして教会は(1):原点に立ち返る』大倉 信 師

『こうして教会は(1):原点に立ち返る』大倉 信 師

June 16, 2019

この世には老舗旅館や老舗の和菓子店というものがあります。中には創業は江戸時代で300年、暖簾を下げていますというようなものもあります。そんな話を聞きますと私達はすごいなーと思います。

クリスチャニティーは2000年来、見えない神を信じ、この神と共に歩み、イエス・キリストの十字架を信じなさい、そうしたら救われるということを言い続けており、そのことに応答する人達が今も絶えることがないのです。こんなこと普通で考えたらありえないのです。

それではなぜ、そのありえないことが2000年もの間も継続されているのでしょうか。よほど2000年間、人間がしっかりしていたからでしょうか。いいえ、キリスト教会はこの2000年の間に多くの問題を起こしてきました。

そして、その主犯は言うまでもなく私達人間です。すなわち人間の力によってこの2000年もの間のクリスチャニティーが保たれているのではないのです。それではなぜか?答えはこのことに尽きます。すなわち2000年前に弟子達の上に注がれた聖霊がそれ以来、教会の上に注がれ続けてきたからです・・・。

「地境を動かさず、幕を張り広げ、綱を長く!」大倉 信 師

「地境を動かさず、幕を張り広げ、綱を長く!」大倉 信 師

June 9, 2019

昨年、私達は教会のミッションステイトメントを発表しました。「私達の使命は神様から与えられている賜物を用いて日本、アジア、そして全ての国の人々とキリストにあって共に成長し、神の言葉を分かち合うことである」(Our mission is to grow in Christ and share the Word of God with all; having special resources to reach Japanese and Asian people).

このステイトメントが公にされたのは昨年ですが、それは現在に限らず、文章化こそされませんでしたが、私達の教会は創立以来、基本的にはこのステイトメントに従い歩んできたと思います。そして、これからもこのステイトメントに従い、私達は日本、アジア、全ての国の人々と共にキリストにあって成長し、天幕を広げ続けていくのです・・・。

「あなたはわたしに従いなさい」大倉 信 師

「あなたはわたしに従いなさい」大倉 信 師

June 2, 2019

主に従うということは、自分がしていることと、人がしていることを比較して一喜一憂することではありません。「私はこんなに苦労しているのに、あの人は楽な人生を送っていていいよね」という思いに捕らわれることでもありません。実際、本人以外の誰がその人の人生は楽だと決めつけることができるでしょうか。自分が思う以上に私達は自分以外の人のことはほとんど何も知らないのです。

私達は「あなたは私に従いなさい」という主イエスの言葉をしかと受け止め、一日、そしてまた一日、それに従って生きるのです。この言葉を聞き、この言葉に従っている限り、私達は主が与えてくださっている自由を失うことはないのです。

メモリアルデーメッセージ - ジョン・アルバラード兄(同時通訳:本多牧師)Memorial Day Message - John Alvarado (Translation by Pastor Ichibei)

メモリアルデーメッセージ - ジョン・アルバラード兄(同時通訳:本多牧師)Memorial Day Message - John Alvarado (Translation by Pastor Ichibei)

May 27, 2019

今年のメモリアルデー礼拝ではサンディエゴ教会英語部のジョン・アルバラード兄がメッセージを取り次いでくださいました。

『イエスはなぜこの世の王にならなかったのか?』大倉 信 師

『イエスはなぜこの世の王にならなかったのか?』大倉 信 師

May 19, 2019

米国の大統領選挙を見ていますと「支持者の勢い」というものがとても大切なのだなと思わされます。僅差の二人の候補者が最後に大統領の座を得るのはその支持者の勢い最後まで維持できた者です。

ですから候補者は最後まで国民を奮い立たせる言葉を語り続けますし、分刻みで全米各地を遊説するのです。支持者が勢いづいている時にコロラドの山中に籠もってしまうような大統領候補者は未だかつていないのです。

しかし、イエス・キリストは民衆の熱狂的な支持を得、彼らが大いに盛り上がっている最中に、しばしば群集から離れて一人寂しい場所へ退かれていたと聖書は記しています。なぜでしょうか?イエス様の心にあったことは、その時の人々が考えていることとは全く違ったからです。

『かめの粉は尽きず』大倉 信 師

『かめの粉は尽きず』大倉 信 師

May 12, 2019

今日は母の日です。それゆえに母親である皆さんにエールを送りたいと思います。

それは、皆さんがどんな能力があるとか、どんなものを持っているかということよりも(実際に今日お話ししますやもめにはこの類のものは何もありませんでした)、今日、お話しします聖書の言葉に照らし合わせるのなら、真に神を畏れ、神を信頼して、神に従って生きているか否か、それこそが最も大事なことだということです。

申し訳ありませが、事実を語らせていただきますと、私達ができることというのはたかが知れていますでしょう。かつて私の母は言いました。「あなたを育てながら牧会をしていた時はがむしゃらだった」と。きっと皆さんの毎日も日々のことに追われて「がむしゃら」でありますでしょう・・・。